大腸癌手術ステージ3;術後の経過

投稿者: | 2021年2月7日

 

手術の時間は1時間と少し

私はステージ3でしたので、大腸がん手術は、大腸・小腸とその周りにあるリンパを16個取り除く大手術でしたが、1時間程度で終わったそうです。主治医の先生が仰るには、初めは5時間ぐらいかかっていたが、どこに何があるか分かるようになり、1時間程度で手術が出来るようになった」とのこと。だから、体の中は大きく削られているのですが、感じるダメージは虫垂炎の2倍程度です。

手術後は、手術室の隣にある治療室で24時間寝て過ごします。初めて目が覚めた時に妻と数分面会した後、ずっと寝たり起きたりの繰り返しでした。手術で数時間眠っていたので頭の中は昼夜逆転しています。

目が覚めている時間が長くなると、ベットの中でいることがやたらに長く感じ、看護師に「まだですか」と質問すると、

「みなさん、とっても長く感じるようです。先生を呼んできますのでしばらく待っていてください」と答えました。しかし、先生は忙しいらしくその後全く来る気配はなく、結局午前11時頃になってやっと自分の病室に車いすで帰りました。計22時間手術室と治療室にいたことになります。

その後は、立ってトイレへ行くことも自力で行います。動くと体が痛いですが、がまんするしかありません。ベットから初めて立つ時には1人で立つのは危険ですので理学療法士が見ながら立ちます。

病室に戻りしばらく寝ていると、理学療法士が入ってきて30分程度マッサージをしてくれます。その後、ベットから立ちました。

2日目からリハビリ開始、とにかくウォーキング

翌日から、トイレも自分で行き、理学療法士が来て廊下を点滴を持ったまま何周もおだてられながら歩かされました。終わったら、次に看護師が来てまた歩かされました。痛くて足取りもおぼつかない状態で、理学療法士や看護師に付き添われがまんしてよぼよぼ歩きました。

水やお茶は飲んでいいと言われましたが、点滴で水分を補給しているのでのどが渇くことはなく飲みませんでした。

薬の影響でしょうか?それとも生活習慣が変わったためでしょうか?
夜興奮してうまく眠れません。何度もトイレに起きいつ寝たのか起きたのか分からない状態でした。

3日目から食事が出る

3日目から流動食がでました。看護師がとても強調して言うことには、「全部食べてはいけません」「胃の中で消化するのでなく、口の中で消化するぐらいよく噛んで飲み込むこと」と部屋に来るたびに話すので、全部食べたかったけどがまんして残しました。

時間になると理学療法士が来て、マッサージをした後、ウォーキングです。3日目になると、立つのもうまく工夫すればあまり痛みを感じないで立つことができます。

最も痛いのはお臍です。お臍に影響がないようにベットから立つには、リモコンでベットの頭の方を高くして、正面向きでなくカニのように横向きに立てば痛くありません。腹筋を使ってしまうと痛いので注意が必要です。

夜興奮してうまく眠れません。ついに我慢できずに眠剤を処方してもらいました。

4日目も3日目と変わらない生活でした。少しずつ痛みも減りました。問題は、咳をする時。笑う時、タンを出すときにお腹の筋肉を使うために痛いです。お臍の部分を両手で押さえると多少痛みは感じなくなります。

4日目も興奮して眠れないので眠剤を処方してもらいました。

5日目お通じとおならが出る

お通じは、5日目に柔らかい物がほんの少し出ました。看護師がお通じは血が混じっていないかよく見ておいて万が一混じっていたらすぐに報告するようにアドバイスしてくれました。写真も撮ってあります。

お通じが出る前に、プルプルと風船がはじけるように連続しておならがでました。これで、口から出口まで繋がったと思うとうれしいです。大腸と小腸をつなぐところは、特殊な金属で出来たホチキスでつなぐそうです。それだけで完ぺきに塞ぐのですからすごいものです。

お通じが出るようになったら、お腹がすくようになり、食欲も出てきました。

5日目、時間になったら暗くして寝る努力をしましたが、興奮して眠れないのでこの日も眠剤を飲みました。

6日目痛み止めの点滴が外れる

6日目の夜に痛み止めの点滴が外れました。これですっきりです。腹筋さえ使わなければ普通に病院生活をするだけでは痛み感じません。もちろん。笑ったり、咳をしたり、端を履こうと力むと痛いです。ウォーキングも自主的に行いました。その際、点滴が外れたので階段も一階から5階まで登りました。

先生は、「運動には制限はありません。出来るだけ行ってください」と仰るのですが、薬剤師は手術後の排出物を体の外に流すチューブ(ドレーン)の傷口が残っているので過激な運動は控えるようにとくぎを刺されました。

6日目も、時間になったら暗くして寝る努力をしましたが、興奮して眠れないので眠剤を飲みました。

7日目手術後の排出物を体の外に流すチューブ(ドレーン)を抜く

朝の回診の時に手術後の排出物を体の外に流すチューブ(ドレーン)を抜きました。その上を、ガーゼで押さえ、腹帯をまきました。

これで点滴もなくなり、チューブも抜け体に余計なものはなくなりました。主治医の先生が来て様子を聞いた時に「コーヒーは飲んでもいいですか?」と聞くと「いいよ」と仰りました。

1階の自販機まで下りて行ってドリップ式のコーヒーを購入して病室で飲みました。家で入れるコーヒーほどではないのですが、おいしかったです。

点滴もドレーンもなくなり、気分もよくなり自主的にウォーキングをしっかりおこないました。薬剤師から控えるように言われていたので、階段の上り下りは足しませんでした。

6日目、時間になったら暗くして寝る努力をしました。まだ、痛み止めの影響が残っているのでしょうか、いつ寝たのかいつ起きたのかわかりません。しかし、時計を見ると消灯した時間から1時間半たっていました。「ああ寝たのだ」と分かったので、眠剤を飲むのを止めました。

暗くして大人しくしていると、いつ寝たとかいつ起きたということは分からず、ふと気がついてトイレに起き、時間を見ると数時間寝たことに気がつきました。この日は、眠っても目が覚めても自分が眠っていたことに気がつかない不思議な状態でした。

おそらく、痛み止めの薬がまだ残っており、私の精神に影響しているのでしょう。

8日目

早朝、主治医の先生が来て「調子はどうですか?」と質問されたので、

「もう病人ではありません。これくらいの痛みなら、仕事に行きますよ」と、答えました。

看護師が来てガーゼを変える時に、「液が多いな」とつぶやいていました。

8日目、時間になったら暗くして寝る努力をしました。いつの間にか眠っていて、目が覚めた時に、今までと違って眠っていたことが分かりました。もう、痛み止めの薬の影響は完全になくなり、体の調子も神経も元に戻ったようです。眠剤も飲まないでも眠ることが出来ました。

9日目

早朝に主治医の先生がきて「看護師がお腹の穴がふさがらず液が多く出ていると言ったいたので、今日の午前11時頃に来て縫います。麻酔はしませんよ。麻酔の針の痛みも針の痛みを同じだからちょっと我慢してください」と仰いました。

「お願いします」と答え、待っていましたが先生は午前も午後も来ませんでした。

夜になり、主治医が多くの看護師をつれて病室に入ってきました。

「今日は緊急オペが入り、今まで掛かり切りでした」と仰りすぐに麻酔も打たないので取り掛かりました。釣り針に黒い糸がついたような針をピンセットで入れました。針を入れるときはさほど痛くはなかったのですが、針を結ぶ時はかなりの力で結んでいたので多少痛かったです。一針で済むかも思っていたら、

「もう一針縫っておこう」と先生が仰りサービスでもう一針縫いました。二針縫ったのですが、わざわざ麻酔を打つ必要はない程度の痛みでした。

縫った上には大きな水を通さないバンドエイドみたいなものを貼りました。もうガーゼも腹帯もなしで、このバンドエイドだけで液も漏れることもなく、シャワーも浴びることが出来るようになりました。

10日目~11日目までは、お腹の痛みもほぼなくなり、11目にはテレビで「笑点」をやっていましたが、大笑いしながら見ることができました。もう、笑っても、くしゃみをしても、端を飲み込んでも痛くはなくなりました。点滴を採ってからは毎日、積極的にリハビリを繰り返しました。

また、夜も家庭にいた時と同じように眠ることも出来るようになりました。

12日目

早朝に、主治医が病室に来て、「退院の日を決めておこうか」と仰いました。主治医が仰るには、「生研の結果がステージ2なら術後補助化学療法は必要なし、ステージ3であれば化学療法をしなくてはいけません。術後化学療法は入院中にしたいので、そこから日程を割り出すと退院は、25日月曜日となります」とのこと。

先生の外来担当の日が金曜日であるので、そのため化学療法を始める日が金曜日となります。そのため、土・日を挟んで月曜日が退院の日となりました。

退院までは、元気になった体を持て余し、リハビリのストレッチをしたり、ウォーキングをしてすごしました。はっきり言ってやることもなく退屈な日々でした。

15日目

午後になり、看護師が病室に入ってきて、「先生が抗がん剤治療について話したいと言うので来てください」と相談室に案内しました。

その後の経過は、術後補助化学療法に書いてありますので、興味があれば読んでください。

16日目から化学療法開始、19日目に退院

16日目から化学療法開始、19日目に退院しました。

術後の経過をまとめると

1 3日目までは痛みも残り不安もあるが、回復を信じて出来るリハビリを行った。

2 5日目から、無理な動作をしなければ傷みをさほど感じることもなくなり、食欲も出てきた。お通じもでた。

3 6日目に痛み止めの点滴が外れるとずっと体が楽になり、ウォーキングに加え、階段の登り下りも出来るようになった。

4 一週間もすぎれば、「癌の手術でなかったら仕事に行ける」と思えるぐらいに回復した。若くて健康であったので、合併症もなく回復することができた。

新型コロナでも同じであるが、既往症のある方や高齢者は手術に耐えるだけの基礎体力が無いために合併症に苦しむ方もいる。特に、呼吸力が落ちてしますと生命にも関わる。呼吸力の大切さをこの手術で実感した。

5 合併症さえでなければ昔の手術に比べれば傷口も少なく、手術を恐れる必要はない。日ごろの健康的な生活が大切である。

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